『プラダを着た悪魔』とセルリアンブルー
映画『プラダを着た悪魔』は、ファッションに全く興味のないジャーナリスト志望のあアンディが主人公。
一流ファッション誌の鬼編集長ミランダの、無理難題に振り回されながらも成長していく物語です。
この作品に、映画史に残る名シーンとして「セルリアン」が登場します。
衣装選びの会議中、似たような2本のベルトを前に悩むスタッフを見て、アンディが「どちらも同じに見える」と鼻で笑ってしまいます。
その瞬間、ミランダの冷徹な講義が始まります。
「あなたが着ているその安物のセーターはただの青じゃない。トップデザイナーたちが仕掛け、何億ドルもの大金と多くの人々の労働を経て、めぐり巡ってあなたがバーゲンセールで買った『セルリアン(ブルー)』よ。あなたが『ファッションなんてくだらない』と拒絶して選んだその色は、ここにいる私たちが選んだものなの」
ファッションの持つ巨大な影響力と、セルリアンブルーという色の重みを一気に分からせる、鳥肌モノの名シーンでした。
セルリアンブルーの始まり
セルリアン(Cerulean)の語源は、ラテン語で「空、天、あるいは青」を意味する「caeruleus(カエルレウス)」という言葉です。
西洋の文化において、空は単なる自然現象ではなく、とても重要な意味を持っています。
① 「天国」と「神の領域」の象徴
キリスト教の文化圏において、空(Sky / Heaven)は「神様や天使たちが住む聖なる場所」です。
地上の汚れや争いから完全に切り離された、究極の清らかさと平和がある場所だと信じられてきました。
② 「永遠」と「無限」の象徴
また、どこまでも続く空の青は、人間には決して届かない「無限」や「永遠」を意味します。
そのため、西洋の色彩心理においてセルリアンブルーのような空の青は、人々に「心の平穏」や「不変の信頼」、そして「高い知性」を感じさせる特別な色とされています。
大ブレイクのきっかけ
「セルリアンブルー」という言葉自体が英語圏の記録に登場したのはとても古く、1590年代(16世紀末)、日本でいうと豊臣秀吉の時代です。
当時は「空のような青」を文学的に表現する言葉でした。
私たちが知る「絵の具の名前や色名」として世界中に定着したのは、それからずっと後の1860年(19世紀半ば)のこと。
イギリスの老舗画材メーカーが「セルリアンブルー」という名前で新しい青い絵の具を発売したことがきっかけです。
当時、この色は大ヒットになりました。
なぜかというと、これが「画家たちがずっと求めていた、完璧な青空の色」だったからです。
それまでの青い絵の具は、暗すぎたり、逆に薄すぎたりして、昼間の澄み切った青空をリアルに描くのがとても大変でした。
そこへ登場したセルリアンブルーは、ほんの少し緑がかった、明るく鮮やかな、まさに「雲ひとつない秋の青空」そのものの色だったのです。
これに飛びついたのが、当時フランスで新しい絵画の波を起こしていた「印象派」の画家たち(モネやルノワールなど)でした。
彼らが屋外に出て、光に満ちた空をこの色で次々と描いたことで、セルリアンブルーは「空の青」の代名詞として世界中に知れ渡ることになりました。
神の青 vs 科学の青
ここで、以前このブログでご紹介した、聖母マリアの衣服に使われる聖なる青
「マドンナブルー」と比較してみると、使われ方の違いに気づきます。
もちろん、マドンナブルーの方が、圧倒的に古くから使用されてきました。
🔷マドンナブルー(ウルトラマリン)
中世(12〜13世紀頃)から宗教画の主役として、金と同じ価値を持つ宝石(ラピスラズリ)を削って作られていた、歴史上最も高貴な「神の青」
🔷セルリアンブルー
19世紀の近代工業・化学の発展によって人工的に合成された、比較的新しい「科学の青」
つまり、マドンナブルーが「中世の教会の中で祈りを捧げるための青」だとすれば、セルリアンブルーは「近代の画家たちが外に飛び出し、太陽の下で見上げた自由な青」。
2つの青の歴史を比べると、西洋の歴史が「神の時代」から「人間の時代」へと移り変わっていくドラマが見えてくるのです。
「空の光を描いたモネ」と、「都会の流行を描いたルノワール」。
使い方は違っても、2人が共通して、この新しい青(セルリアンブルー)を使えば、今までにない新しい世界が描ける!とワクワクしたことでしょう。
それは、西洋の人々が何千年も見上げ、憧れ続けてきた「神聖で、無限に広がる天の世界」を、科学の力で手元に再現した奇跡の色でもあったのでした。