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2026/07/01

西洋人が見上げた空の物語

セルリアンブルー

『プラダを着た悪魔』とセルリアンブルー


映画『プラダを着た悪魔』は、ファッションに全く興味のないジャーナリスト志望のあアンディが主人公。
一流ファッション誌の鬼編集長ミランダの、無理難題に振り回されながらも成長していく物語です。

この作品に、映画史に残る名シーンとして「セルリアン」が登場します。 
衣装選びの会議中、似たような2本のベルトを前に悩むスタッフを見て、アンディが「どちらも同じに見える」と鼻で笑ってしまいます。
その瞬間、ミランダの冷徹な講義が始まります。

「あなたが着ているその安物のセーターはただの青じゃない。トップデザイナーたちが仕掛け、何億ドルもの大金と多くの人々の労働を経て、めぐり巡ってあなたがバーゲンセールで買った『セルリアン(ブルー)』よ。あなたが『ファッションなんてくだらない』と拒絶して選んだその色は、ここにいる私たちが選んだものなの」

ファッションの持つ巨大な影響力と、セルリアンブルーという色の重みを一気に分からせる、鳥肌モノの名シーンでした。




セルリアンブルーの始まり



セルリアン(Cerulean)の語源は、ラテン語で「空、天、あるいは青」を意味する「caeruleus(カエルレウス)」という言葉です。

西洋の文化において、空は単なる自然現象ではなく、とても重要な意味を持っています。

① 「天国」と「神の領域」の象徴

キリスト教の文化圏において、空(Sky / Heaven)は「神様や天使たちが住む聖なる場所」です。
地上の汚れや争いから完全に切り離された、究極の清らかさと平和がある場所だと信じられてきました。

② 「永遠」と「無限」の象徴

また、どこまでも続く空の青は、人間には決して届かない「無限」や「永遠」を意味します。
そのため、西洋の色彩心理においてセルリアンブルーのような空の青は、人々に「心の平穏」や「不変の信頼」、そして「高い知性」を感じさせる特別な色とされています。



大ブレイクのきっかけ



「セルリアンブルー」という言葉自体が英語圏の記録に登場したのはとても古く、1590年代(16世紀末)、日本でいうと豊臣秀吉の時代です。

当時は「空のような青」を文学的に表現する言葉でした。

私たちが知る「絵の具の名前や色名」として世界中に定着したのは、それからずっと後の1860年(19世紀半ば)のこと。

イギリスの老舗画材メーカーが「セルリアンブルー」という名前で新しい青い絵の具を発売したことがきっかけです。

当時、この色は大ヒットになりました。

なぜかというと、これが「画家たちがずっと求めていた、完璧な青空の色」だったからです。

それまでの青い絵の具は、暗すぎたり、逆に薄すぎたりして、昼間の澄み切った青空をリアルに描くのがとても大変でした。

そこへ登場したセルリアンブルーは、ほんの少し緑がかった、明るく鮮やかな、まさに「雲ひとつない秋の青空」そのものの色だったのです。

これに飛びついたのが、当時フランスで新しい絵画の波を起こしていた「印象派」の画家たち(モネやルノワールなど)でした。

彼らが屋外に出て、光に満ちた空をこの色で次々と描いたことで、セルリアンブルーは「空の青」の代名詞として世界中に知れ渡ることになりました。



神の青 vs 科学の青



ここで、以前このブログでご紹介した、聖母マリアの衣服に使われる聖なる青「マドンナブルー」と比較してみると、使われ方の違いに気づきます。

もちろん、マドンナブルーの方が、圧倒的に古くから使用されてきました。

🔷マドンナブルー(ウルトラマリン)
  中世(12〜13世紀頃)から宗教画の主役として、金と同じ価値を持つ宝石(ラピスラズリ)を削って作られていた、歴史上最も高貴な「神の青」

🔷セルリアンブルー
  19世紀の近代工業・化学の発展によって人工的に合成された、比較的新しい「科学の青」

つまり、マドンナブルーが「中世の教会の中で祈りを捧げるための青」だとすれば、セルリアンブルーは「近代の画家たちが外に飛び出し、太陽の下で見上げた自由な青」。

2つの青の歴史を比べると、西洋の歴史が「神の時代」から「人間の時代」へと移り変わっていくドラマが見えてくるのです。

「空の光を描いたモネ」と、「都会の流行を描いたルノワール」。

使い方は違っても、2人が共通して、この新しい青(セルリアンブルー)を使えば、今までにない新しい世界が描ける!とワクワクしたことでしょう。 

それは、西洋の人々が何千年も見上げ、憧れ続けてきた「神聖で、無限に広がる天の世界」を、科学の力で手元に再現した奇跡の色でもあったのでした。



  • 🎨 クロード・モネ『日傘をさす女性』

    モネは、風が吹き抜ける一瞬のきらめきを表現するために、セルリアンブルーをベースに、白を大胆に混ぜながら、筆の跡を残すように勢いよく空を描きました。

    それまでの古典的な絵画の「重く深い青空」とは全く違う、まぶしい太陽の光を含んだ「私たちが普段見上げているリアルな青空」が、セルリアンブルーによって初めてキャンバスに捉えられた歴史的瞬間です。

  • 🎨 ピエール=オーギュスト・ルノワール『雨傘』

    ルノワールはこの絵を数年かけて完成させたのですが、近年の科学分析によって、絵の右側(昔描いた部分)には従来の「コバルトブルー」が使われ、左側(後から描き直した部分)には当時大流行し始めていた最新の「セルリアンブルー」が使われていることが判明しました。

    セルリアンブルーが持つ独特の「ほんのり緑がかった、優しく落ち着いたトーン」が、雨の日のパリのしっとりとした空気感を美しく引き立てています。
カラースクールT.A.A
フジタ でした