青い海と空のイメージが強いナポリですが、実はアートの世界において、数々の巨匠たちを虜にしてきた特別な黄色があります。
しかもこの色、実は「一度歴史から消え去り、火山の力で奇跡の復活を遂げた」という、映画のようなドラマチックな背景を持っているんです。
「ナポリの黄色」は、一般的なパキッとした原色の黄色とは異なり、「少し赤みがかっていて、ミルクを混ぜたような、優しくくすんだ黄色」です。
主張が強すぎず、独特の落ち着きと不透明さを持っているため、絵画の世界では「光の当たっている人間の肌の輝き」や、「夕暮れの淡い空の光」を表現するのにこれ以上ない最高の色として重宝されてきました。
巨匠レンブラントも、衣服の美しい刺繍や人物に当たる独特の光を描くために、この黄色を効果的に使ったと言われています。
現代でもファッションやインテリア、コスメのハイライトなど、肌馴染みの良い洗練されたイエローとして愛され続けています。
「ナポリの黄色」という名前から、中世イタリアで生まれた色だと思われがちですが、実はその物質(アンチモン酸鉛)としての誕生はさらに古く、紀元前1500年頃の古代エジプト(第18王朝)やメソポタミア文明の時代にまでさかのぼります。
当時は主に黄色い不透明なガラスやレンガを着色するための絵の具として使われ、その美しい発色は古代ローマ時代にも広く受け継がれていました。
しかし、ローマ帝国の崩壊など激動の歴史の中で、この優れた黄色絵の具の「人工的な作り方(レシピ)」がヨーロッパから完全に失われてしまったのです。
ロストテクノロジー(失われた技術)と言われました。
画家たちが「あの古代の美しい黄色はどうやって出すんだ?」と頭を抱えていた中世〜ルネサンス期。
その救世主となったのが、ナポリのシンボルである「ヴェスヴィオ火山」でした。
西暦79年、ナポリ湾を望むヴェスヴィオ火山が、凄まじい大噴火を起こしました。
この噴火は、繁栄を極めていた古代都市ポンペイやヘルクラネウムを一瞬にして大量の火山灰と火砕流の下に飲み込み、歴史から消し去った悲劇として世界的に知られています。
しかし、この地球の荒々しい大自然の営みは、破壊だけでなく、後世に思いもよらない「創造」の恵みをもたらすことになります。
地下深くから噴き出したマグマや激しい火山活動、そして長年かけて堆積した火山灰には、鉛やアンチモンといった特殊な鉱物成分が豊富に含まれていました。
人工的な製法が失われて困り果てていた中世からルネサンス期の画家や職人たちは、このヴェスヴィオ火山の麓で、「人工的に作らなくても、古代のエジプトやローマで使われていたものと全く同じ成分の、美しい黄色の土(天然の鉱物)」を奇跡的に発見したのです。
大噴火という壮絶な地球のダイナミズムが、何百年もの時を超えて、失われた古代の色を天然の形で現代に蘇らせた瞬間でした。
「ナポリに行けば、あの素晴らしい黄色い土が手に入る」
そう噂したヨーロッパ中の芸術家たちがこぞってこの地を訪れ、この土を買い求めたことから、この色は敬意を込めて「ナポリの黄色」と呼ばれるようになりました。
これが、この色の名前の由来となりました。
ネイプルス・イエロー vs ジョーヌ・ド・ナープル
この色には、2つの呼び名があります。
日本では英語由来の「ネイプルス・イエロー(Naples Yellow)」と呼ばれることが多く、美術の世界では定番中の定番です。
一方で、フランス語では「ジョーヌ・ド・ナープル(Jaune de Naples)」と呼ばれます。
では、世界的にはどちらがよりポピュラーなのでしょうか?
実は、現代のスタンダードは「ネイプルス・イエロー」という色名です。
国際的なビジネス、JIS(日本産業規格)に登録されている外来色名、そして現代の多くの画材ブランドで一般的に広く使われています。
デザインや日常会話で使うなら、こちらの呼び方のほうが圧倒的に通りが良いでしょう。
しかし、アートや伝統色という文脈になると、フランス語の「ジョーヌ・ド・ナープル」も特別な存在感を放ちます。
かつて芸術の最先端だったフランスの宮廷画家や、19世紀に活躍した印象派の巨匠たち(モネやルノワールなど)は、まさにこのフランス語の響きでこの色を呼び、愛用していました。
そのため、クラシックな高級油絵の具の世界では、今でもあえてフランス語名のまま製品化されていることも多いのです。
響きだけでも、なんだかお洒落なアトリエの香りが漂ってきますよね。
ナポリの明るい陽気さと、火山の神秘的な復活劇が混ざり合って生まれた「ナポリの黄色(ネイプルス・イエロー)」。
現在のナポリ市旗(街の旗)を見てみると、綺麗に「黄色(ゴールド)」と「赤」の2色で二分されています。
この黄色こそが、今回ご紹介した「ナポリの黄色」です。
そして……もう一方の、鮮烈な「赤」。
これは、「ポンペイアンレッド(ポンペイ・レッド)」と呼ばれます。
ナポリの黄色を現代に蘇らせるきっかけとなったヴェスヴィオ火山の大噴火。
その時、時を止められた古代都市ポンペイの遺跡の壁を、今なお鮮やかに彩り続けている伝説の「赤」があります。
そのもう一つの色を、次週ご紹介したいと思います。
お楽しみに!
カラースクールT.A.A
フジタ でした