セラドン‥‥‥。
これは中国の青磁の釉薬の色に由来する、穏やかで、かすかに灰色を帯びた淡い青緑色です。
この優美な色合いは、単なる東洋の陶磁器の色に留まらず、
◇17世紀ヨーロッパの社交界を熱狂させた「愛のロマンス」
◇「富と権力の象徴」
◇「毒殺の恐怖」
という、奥深い物語を秘めています。
この色が「セラドン」と名付けられた最大の理由は、17世紀フランスで大流行した長編小説『アストレ』の主人公、羊飼いのセラドンにあります。
彼は、愛する羊飼いの娘アストレの誤解を解きたい、という思いから、彼女の目の前で川に身を投げるほど、一途で純粋な愛の持ち主として描かれています。
この純粋さが、当時のヨーロッパの人々の感動を誘い、一躍、人気小説に・・・。
この主人公セラドンが、作中でまとっていた衣装の色が淡い青緑色でした。
その頃、海を越えて届いた青磁の「繊細で、玉のように穏やかな青緑色」は、その優美さが、この純粋な恋人のイメージにピッタリ!
こうして、この神秘的な青磁の色は「セラドン」というロマンチックな名前を得ることになったのです。
一方、中国の青磁、特に「龍泉窯」の青磁は、本国でも高級品であり、ヨーロッパではさらに超高級な輸入品でした。
当時のヨーロッパではこの色合いの磁器を作る技術がなく、権力者や大富豪しか手にできない、まさに「富と地位の証明」となりました。
そのため、青磁を所有することは、単に美しい器を持つだけでなく、「東洋との特別な繋がり」や「最高の美術品を独占する力」を示す、最高のステータスシンボルだったのです。
さらに、青磁の価値を桁違いに高めたのが、「毒が盛られた液体に触れると、器が変色したり割れたりする」という迷信でした。
毒殺が横行していた当時のヨーロッパの宮廷において、「毒を検知できる器」は、王侯貴族にとって文字通り「命綱」のような存在でした。
これは、貿易商が商品の希少性を高めるために広めた、一種のセールストークであった可能性が高いですが、毒殺の恐怖に怯える人々の「弱み」と「願望」に見事につけこみ、青磁の価値と神秘性を決定的なものにしました。
純粋な愛のイメージをまといながら、裏には人間の持つ所有欲や恐怖心が絡み合った「セラドン」。
この色は、東洋と西洋の歴史、文学、そして人間のドラマが凝縮された、非常に奥深い色だと言えるのではないでしょうか?